宇都宮けんじ記者クラブ会見~辻井喬、そしてボサノヴァ。

東京都知事選]候補がそれぞれ会見で政策を主張(宇都宮 健児・元日弁連会長)
http://www.videonews.com/ プレスクラブ (2014年01月22日)


http://youtu.be/NhXx_ot7ZtE



これは東京新聞による司会で、宇都宮さんにしっかり話させているので、良いですね。拡散です。

自らの存在意義に関して、公安警察の監視と導き出したい記者の思惑を余所に、
宇都宮さんは福祉にお金を取ってあげたいと、優しい口述を見せますが、広がる格差の尻拭い
をしてきた、宇都宮さんの怒りには深いものがあります。

ショックドクトリンという映画を見れば、小泉さんがリードした、小さな政府構想の実態が、
税金の節約ではなく、支持基盤企業への流出、コーポラティズムという大企業と政府の癒着構造
へと転換されてしまってきたことに思い当たるでしょう。

小さな政府にしたのに、現実、消費税を増税し、自民党支持基盤の企業買収のために、
企業に特別減税をちらつかせて行く。減税は札束と同じです。何故、力なき庶民に過酷な消費税を
課して、金余りの層に自民党に協力してくれと賄賂をばらまくのでしょうか?

答えは簡単で、執政者が、執政者の資格を有していないからです。

アメリカでの大失敗である、小さな政府政策は、結果的に、
良心を欠如した民間委託型の行政サービスや、教育の荒廃や、チェック機能を失い、
薬品によるジェノサイドや委託殺人・委託拘束入院などを請け負う医療機関などを、
次々と生み出してしまいました。

小さな政府に付け込まれた、というよりは、初めから計画が恣意的であったのです。
同じような例が外国に沢山見られることからも、この多国籍企業とその上のイルミナティに
金と生存を危める権力を集約しようとする連中の、各国政府機関を通じた『間違った指導』
が動いているのは明らかです。

ですから、国家機関が乗っ取られている今、我々がしなくてはいけないのは、
上に盲目に従うことではなく、一生命体の判断力を働かせることです。
指示が間違っていればそこを離れ、正しいと心から思える個人と横で繋がり、
近未来を立て直す作業に入ることです。



社会の細部では、とんでもないことが山のように起こっているのですね。。。
こちらの政策集を見て、改めて知ることも多いです。

社会の細部で起こっていることを把握していて、もっともらしき法律の憲法違反、
現場適応の危うさや、官僚政治の権力を行き渡らせるためのおかしな仕組みなど、
社会の問題の根幹を的確に捉えているのは宇都宮候補であり、

特に盗聴業務を公安が操作名目で行っている現在、これからNTTやらドコモやら、
プロバイダなどの立ち会いさえも撤廃していこうとする動きの中で、

治安維持法の世の中に近づく今、不当に捕えられる人々を守る弁護士達の先頭に立つ宇都宮さんが、
三権分立を訴え続け、東京都の立場から公安トップを管理する押さえ込みのポストに就任することは、
何かを180度転換させる契機になります。

逆に私達をまもる、彼等の力が解体されれば、もう私達を助けてくれる人々はいなくなる。
弁護士会も、徐々にイルミナティ政府の勢力によって、脅かされているのです。

都民の皆様に、冷静なご判断をお願いします。





◎では、続いて、故・辻井喬氏の応援演説です。笑。


《 辻井喬(故・堤清二氏)のことば2008年。》


憲法を改正しなければならない、という人達に、どこをどう?
と尋ねても、はっきりした答えが返ってこないことが多かった。
しかしどうも、本音は

「独立国は軍隊を持たなくては、独立は保てない」
「独立国は、軍隊を持たなくては、独立国と認められない」
「国連による侵略の阻止は、あてにならない」

というのだが、どれも現在の国際情勢で考えると正しくないし
ということらしい。更には

「押し付けられた憲法だから直したい」

それに日本国憲法は吉田茂と白洲次郎が苦労して折衝したもので
マッカーサーが提示した三原則以外に、特に押し付けはない。
歴史の検証をすれば、すぐにわかることである。

復興に全てのエネルギーを注ぐために、また戦勝国にこき使われて
ボロボロになることのないように、軍隊を持たない希望をしていた
日本(吉田茂・白洲次郎など)にとって

「戦争の放棄という条件は願ってもない事だった。」

のであって、天皇の案件以外は押し付けられたものではないのだが
彼らは60年を経て、またどうしても軍隊を持ちたいと考えている。

経済に興味のある人間であれば、軍国主義には陥らないはずだ。
日本は食糧の自給率も低く、輸出品の生産ラインまで海外に多く
持つようになっている。燃料資源や鉱石がないのは言うまでもない。

平和憲法が前提になって成り立っている国際関係の中でのみ、
順調に生きられるのである。戦争を肯定する国になれば、
そういった国際社会での日本の信用という大前提が崩れて
しまうのです。ですから、軍事国家を復活させたいと考える
政治家は、経済には大変無関心でセンスがないのかな、と言わざ
るを得ないのではないだろうか。



というわけで、日本が残存して行くためには、
軍隊を持とうとか、九条を変えようとかいう議論は、
非常に危険だという事になります。

小泉純一郎元首相の元で、竹中大臣の金融財政政策は
外国のファンドに、日本で自由に活動してくださいと、
グローバリゼーションを展開しました。
しかし、アメリカの911以降に施された奇怪な政策に似て
ハゲタカファンドと言われる人々の潤いを除き、全国的に
大きな収入格差が広がってしまいました。構造的にどのよ
うな仕掛けがあったのかわかりませんが、細部の発展形は
悪ノリに似ていました。約7割の国民が将来に不安を抱き、
自民党は敗北を喫しました。

安倍首相は、おじいさん(60年安保の岸首相)の仇だと言って、
戦後レジームを一掃したいとかいいだしましたが、私達がし
なくてはいけないのは、戦後レジームをしっかり固めること
で、民主主義が本当に強くなるためには自分の判断で意見を
はっきり言える人を本当に増やさなくてはならないのです。

ですから選挙は本当に大切です。みめかたちで選ぶ私情や、
お父さんの義理、社長の義理、などで投票してはならない。
自分の権利を行使できるまたとない機会ですから、自分の
政治的な考え方を反映させた投票を行わなければ意味がない
のです。主権在民とは、変える力を我々が持っているという
力強いことなのです。

これから明治の弾圧レジームに戻ってどうするのですか?
これは大変な間違いと言わざるを得ません。悪くすると、
日本は敗戦前よりも惨めな状態になる危険すらあります。
今後急いでしなくてはいけないことは、生活の最低保障
(シビルミニマム)を要求していくことです。

シビルミニマムをしっかりと要求していくことによって、
戦闘機を用意する費用は国から捻出できなくなります。
それこそが、平和憲法を維持することにも繋がるのです。
ですから皆さんは税金を納めている以上、自分の生活の
立場から本当に必要だと思うことは自信を持って言わなく
てはなりません。

我々は今までの所得が目減りしないように頑張る必要が
ありますし、それでも経済社会が危うい様相を見せてき
たらシビルミニマム、セーフティネットの社会保障が大
変重要になります。環境など生命への安全確保も同じく
求めて行く必要があります。それは頑張らないと、国で
さえも、親切さを維持してくれるものではありません。
この活動はそして、平和憲法を維持する活動と平行でき
るものであり、シナジー効果が齎されるものです。

軍国主義者や独裁思想に世論が懐柔されないようにする
には、罠でさえあった固定観念や、恣意的であった謳い
文句から自由になる必要があります。例えば、二項分類
の方法は、細部を切り捨て、本来複雑さに耐えうる思考
を、不自然に歪めてしまいます。相手の言いなりに誘導
される危険性が極めて高く、足を掬われがちです。本来
バッティングするはずのない物事を、あえて対立させて
二者択一で自分の論理に引きずり込もうというのは汚い
論争のやり方ですし、それを評価の対象にされては深刻
な事態が生じるでしょう。

あれかこれかではなく、あれとこれとの間の中間地帯は
非常に広いものがあり、その中から主権在民と平和主義
に相当するものをどのように見付け出し、実行の対象に
していくかという事こそ、本当に建設的な議論なのです。


はあ。


私も同じく想うのは、次のような思想です。

「政治利用される」文学や音楽や演劇や芸術というものに、我々はアレルギーを
持ってしまっていて、作者の意図や、本来社会や文壇や芸術界に影響し作用した形で
受け取れなくなっている場合がある。

最近は「政治用される」又は「政治的と取られるのを恐れる」芸術というレッテルを
貼られるのが怖いばかりに、それぞれの芸術を純粋培養しようとする傾向が長く続いている
けれども、実はそれは社会の役にたっていないも同じこと。本当は人の心を変えることが
できて、ナンボであるというか、文学が世の中を変えられないのは憂うことである。

《良い》文芸や、演劇や、音楽や、絵画は、《 良い政治 》と同じなのだ。
又は、互いに作用して、歩みを共にするものなのだ。

それを放棄している限り、芸術家活動は狭き世界を出ず、人々に作用せず、良き説得力や
時代へのリアリティを持つことが出来ず、ひいては「普遍性」に寄ることができないだろう。

我々は文学や芸術が「政治的に」例えば軍事国家や愛国心を宣誓することを共用する場合に
おいて、本来の存在意義とは違うように、スローガンのようにして悪用されることと、
良い政治と共に歩もうとする、自然な自己と自我の表現の発露の美しさ、とを、
区別する必要があると思う。


--------
とても公平で公正な視点をお持ちだったんですね。それで治安維持法を経験している
ペンクラブでしたし、憲法九条を守る会もされていた。

実力とは、敵を味方にできるかどうかが肝であり、言葉と人間の力だという。
・・・・選挙戦を前に、示唆に富みますね。




また、文学や芸術は、軍人や政治家、国民の心を溶かし、変えることもできる力を
有する唯一のもの。それらが正しく機能していないことを憂慮すべきであると。

素晴らしいです。共産党と財界人を経験し、プロレタリア文学に埋れて
小説から詩集、社会論経済論、政治家の描写など、幅広い思想を経験されているからこそ、
ともいいますし、元々しなやかな人格に、学問も直感も寄るものでありますけれども。

でも、スローガンは詩や文学ではないのだからと。その言葉(戦争反対とか憲法九条とか
原爆とか反核とか)を使わずに、気分や深刻さ、悲しみ、などを表現しなさいと仰る。

最後に、なぜならば、その方の生き方や生活感覚から生まれる言葉や芸術でなければ、
人の心を打たないだろうと。最後が人間らしきを生き、自然体で発せられる言葉に、
最も力があり、価値があるという。山本太郎や三宅洋平の演説がそうでしたよね。。


そこで思い出しちゃったのが、ブラジル軍事政権時代前夜の混沌の末に生まれる、
味噌汁の上澄みのように美味しすぎるボサノヴァ。なんであんなに後世まで世界に
広まったんでしょう。いやあ、ボサノヴァのロジックってこうだったからなんすよ。

良い大統領の時代だったんです。(まあ、あとからみると小泉さんのように騙された
クチなんですけれどもね。経済的にはブラジルが一気に潤った時代ですし、大統領
も、人を信じ、文化を礼賛する大統領でした。ブラジリアを作って破産しましたが)

トム達は、青春を謳歌し、経済成長を謳歌し、しかしいつも、皆に良い社会と良い
世界、皆が希望を持って建設的に生きられるような音楽世界を残してあげたいと
常々思っていました。多民族国家で、貧困の格差の激しい社会でしたからね。

トム・ジョビンと詩人ヴィニシウスは、実際に大統領と仕事をしました。交響曲を
リオデジャネイロや、ブラジリアのために作曲しています。良い政治と良い音楽は
共にあったのです。


~~~~

そう、これがボサノヴァ、ナチュラルなんだ。
ローライフレックスで撮った君のポートレイト。
そこには恩知らずで冷たい君が写ってた。

-- Desafinadoより


ブラジルは、黒人と原住民インディオとポルトガル人と、
ドイツ移民とイタリア移民とフランス人と中東の人もいるしね、
ものすごく複雑で、、、、、多民族国家だった。


母は学校を経営してたからモラルと人間性も大事にしてた。

実父は僕が三歳の時に自殺したけど、由緒ただしき高踏派の詩人だったから
僕の行く道には明るさが必要で、かつ根底に流れる高い理想が必要だった。

継父は有色人種で、心の豊かな人でよく遊んでくれたから僕には偏見がなかった。

でも自分は黒人街に遊びに行っていて梅毒に感染した。叔父が治療してくれたよ。
友達はみんなアメリカの音楽にかぶれていた。JAZZとかね。西海岸のはご機嫌だった。

というわけで、僕のバックホーンはとても複雑だったんだよ。

そして、同じようにボサノヴァは、クラシックの交響曲が父で、土着のサンバが継父。
姉がウエストコーストJAZZで兄はラジオ歌謡だったけど、僕らに波打つリズムはサンバだ。

それでね。僕らはサンバのリズムをシンプルにしてみようと思った。ジョアンが発明した。
コード進行を三和音から、JAZZ風に、テンションを入れたり、リラもミネスカルも果敢だった。
移行音を入れたりして、今までになくオシャレにしてみようと思ったんだけど、

建築学を放り出して交響曲の作曲にまで入れ込んでいた僕は、まあまあそれを整えて
将来のあるものにして置いた。僕の習作は、軽やかなリズムに乗せてみるとピッタリで
爽やかな感じがして、潮の香りがして、多くの人々に受け入れられたんだ。

僕らは青春の真っ只中だったから自分たちの気分や生活感覚を描いた。
そしたら、やたらと伝わっちゃったんだ。それ。ポエムって凄いよな。

世界中に。今もね。続いてるよ。ボサノヴァ・ブームは。


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