涼を取る~茶花 のはなし


NHK教育で偶然裏千家茶道の番組やってました。

夏のおもてなし、水差し(水桶)の上に梶の葉を飾る作法、というテーマのお話でした。
大きな緑濃い梶の葉。梶って人の名前によく見ますが、こんな葉だったのですね。
蓋なので一度外したら美しく畳んでしまうことになっています。ふくさと同じですね。

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どうも最近の夏は暑いので、昔の人の知恵で「視覚」や「五感」で<涼>を取り
暑さをしのいでみませんか、という話。
このような仕草で日本人の情緒を取り戻し、再び智恵を絞ることを思い出すのです。


さすが、手ねびりのお茶碗も素敵ですが、茶室の小さな床の間に飾られた花が
何とも言えない感じです。。。。


野の花、庭の花、などを持って来て、ある時は<凛>と、ある時は楚々と、
ある時は少し淋しいんじゃないかと思うくらいに首を傾けての独特の風情で飾る。
これが独特の空間感覚を生み出すということらしいです。

なんというか、『あら・・・』と言って会話が始まりそうな感じです。

この味わいを言うならば、どうなんでしょう。
言うなれば”ストライク”からちょっと引き下がった奥ゆかしい感じというか、
お客様や旦那様に”ふふ♪”と言わせる感じというか。
でも、野の花だけになんとも言えない親しみ優しさ、そして茶目っ気があって
朝露に濡れていたりするとホントにかわいくて堪らないでしょうね・・・。

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役割で言ったらフレームに入った写真や、お店の片隅で小さな声でギター弾き語り、
なんていうのもそういう類なのかもしれませんね。

<美>や<快>の価値観がどうも画面的にしっくり来るなと思ったら
よく考えたらうちの母はこんなことをよくしていたのでした。
うちの母はいつもきちんと床の間に花を活けていますが、裏千家なんです。

床の間にはいつも季節の花が飾られていて
扇子や大振りの紙人形も、テーマを合わせて限られた空間に凛と置かれ
いつも料理に庭の草花を添えたりするので、その緑で目に涼を取るとか、
そういうことは、そういえば私の家の生活では当たり前のことだったのです。

お客さんや季節によって入念にお茶碗を選んだしなぁ。
薄手のお茶碗、土焼きのお茶碗、椿、蝶、柳、葡萄、紅葉、
茶托も厚手、薄手の漆塗り、竹で編まれたもの、銅のような色の厳かなもの。
コップは夏はビードロともいえる2色の手作りのものや
泡がたくさん入ったような、ブラブラと揺れるものに麦茶を注ぐ。
コースターはみんさー織りだったかもしれません。


茶道など「道」って必ず「礼」の表現だと思うのだけど
今になって眺めると少し込められたものへの意味が垣間見えるようです。
先に頂く時の挨拶やら、お茶碗やお箸を簡単に拭く仕草は大げさでない次の人への心遣い。
話す間合い、場の静けさや外から漏れ聞こえる風の音、葉擦れの音、蹲があれば水の音、
そんな自然の音を聞き逃さず、楽しめるように。

そうです。おもてなしの時の(仰々しくない)押さえどころ、です。


母親は飛び回り踊りまわる活発な少女時代、嫌々ながら祖父に裏千家を仕込まれたのです。
実家には田舎には珍しく茶室がありました。おじいさんは田舎に珍しい建築家を呼び寄せ
色々と勉強して、相談して、東京の材木座から、その木材を選んで取り寄せたそうです。


私達の両親、新夫婦の新居は郊外のルンルン洋風だったので
どうも母は私に教えようとかそういう気配はなかったのですが、しかし、
たまに泊まりに行くおじいさんの大事な茶室は、かくれんぼしながらも興味深々でした。

TVを見ながらこの2つが自分の価値観に大きく影響を与えていることを改めて認識しました。

と言っても、そこから脱しようとするような自分もいるのですがね。
ゆくゆくはこういう見えない遺産は大事にした方が良いのでしょうね。




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