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zoom RSS BC443年 オリンポスにて 〜アテネ民主制の理想〜 ペリクレスの演説

<<   作成日時 : 2015/06/30 19:59   >>

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『BC443年 オリンポスにて 〜アテネ民主制の理想〜 ペリクレスの演説』

我等の政体は、他国を追従するものではない。
人の理想を追うものではなく、
人をして我が範を習わしめるものである。
その名は少数者の独占を排し、
多数者の公平を守ることを旨として、
民主政治と呼ばれる。

我国においては、個人間に紛争が生ずれば、
法律の定めによって全ての人に平等な発言が認められる。
だが、一個人の才能の秀でていることが世にわかれば、
無差別なる平等の理を排し、世人の認めるその人の能力に応じて、
公の高い地位を授けられる。

また、たとえ貧窮に身を起こそうとも、"ポリス"に益をなす
力を持つ人ならば、貧しさゆえに道を閉ざされることはない。
我等はあくまでも自由に公に尽くす道をもち、また日々互いに
猜疑の目を恐れることなく自由な生活を享受している。

よし、隣人が己の楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは
災害なしとは言え、不快を催すような冷視を浴びせることはない。
私の生活において、我等は互いに制肘を加えることはない。

だが、こと公に関する時は、法を犯す振舞いを深く恥じ恐れる。
時の政治を授かる者に従い、法を敬い、特に侵された者を救う掟と
万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを
我等は片時も忘れない。

我等はいかなる苦しみをも癒す安らぎの場に心を浸すことができる。
一年の四季を通じて、我等は競技や祭典を催し、市民の家々の
美しい佇まいは、日々に喜びを新め、苦しみを解き流す。
そして我がポリスの大なるが故に、あらゆる土地の隅々から
万物の実りが此処にもたらされる。全ての人々が産み出す葦を、
我が国土の恵みと同様に実らせ、味わうことができるのである。

戦の訓練に目を移せば、我等は次の点において敵側よりも優れている。
先ず、我等は何人に対してもポリスを開放し、決して遠つ国の人々を
追うことはなく、学問であれ目的であれ、知識を人に拒んだ証はない。
敵に見られては損をするという考えを我等は持っていないのだ。
なぜかと言えば、我らが力と頼むのは、戦の仕掛や虚構ではなく、
事を成さんとする我ら自身の敢然たる意欲をおいて他にないからである。

子弟の教育においても、彼らの距りは大きい。彼らは幼くして厳格な
訓練を始めて、勇気の滋養に努めるが、我等は自由な気風に育ちながら
彼等対等の陣を構えて、危険にたじろぐことはない。

これは次の一例をしても明らかである。ラケダイモン人が我が国土を
責めるとき、決して単独ではなく全同盟の諸兵を率いてやって来る。
しかるに我等は他国を攻めるに、アテナイ人だけの力で難なく敵地に入り、
己が家財の防禦にいとまない敵勢と戦って、立派に彼らを屈服させること
ができる。しかもいまだかつて、何人も我らの総力を相手に、戦場で遭遇
したためしはない。我等は余力を割いて海軍の操練を行い、陸上部隊を
諸地に派兵しているからだ。

たまたま敵勢が我が軍の一小部分と遭遇し、これに勝とうものなら、
全アテナイ勢を破ったかの如くに豪語し、敗れればまた全軍に打ち破られ
たかの如くに言う。ともあれ、過酷な訓練ではなく、自由の気風により、
規律の強要によらず勇武の気質によって、我等は全命を賭する危機をも
肯ずるとすれば、はや此処に我等の利点がある。

なぜなら、最後の死闘に堪えるために、幼少より苦闘に慣れ親しむ必要
がない。また、死地に陥るとも、常に克己の苦悩を追うてきた敵勢に対し、
いささかの怯みさえも見せぬ。これに思いを至す時、人は我がポリスに
驚嘆の念を禁じえないだろう。

だが我らの誇りはこれにとどまるものではない。

・我等は質朴なる美を愛し、充弱に堕することなき知を愛する。
・我等は富を行動の礎とするが、いたずらに富を誇らない。
・身の貧しさを認めることを恥とはしないが、貧困を克服する努力を
怠るのを深く恥じる。
・そして己の家計同様に国の計にもよく心を用い、己の生業に熟達を
励むかたわら、国政の進むべき道に十分な判断をもつように心得る。
・ただ、我等のみは、公私領域の活動に関与せぬものを閑を楽しむ人とは
言わず、ただ無益な人間と見倣す。
・そして我等市民自身、決議を求められれば判断を下しうることは勿論、
提議された問題を正しく理解することができる。
・理を分けた議論を行動の妨げとは考えず、行動に移る前に事を分けて
理解していない時こそかえって、失敗を招くと考えているからだ。
・この点についても、我等の態度は他社の慣習から隔絶している。
・我等は、打たんとする手を理詰めに考え抜いて行動に移るとき、
もっとも果敢に行動できる。しかるに、我等以外の人間は無知なる時に
勇を鼓するが、理詰めに会うと勇気を失う。だが一命を賭した真の勇者
とは他ならず、真の恐れを知り、真の喜びを知る故に、その理を立てて
いかなる危険をも顧みない者の称とすべきではないだろうか。
・我等は、徳の心得においても、一般とは異なる考えをもつ。我等の言う
徳とは、人から受けるものではなく人に施すものであり、これによって
友を得る。また、施す者は受けた感謝を保ちたい情に結ばれ、相手への
親切を欠かすまいとするために、友誼は一層固くなる。
・これに反して、他人に仰いだ恩を返す者は、積極性を欠く。相手を喜ば
せるためではなく、義理の負目を払うに過ぎない、ということを知って
いるからだ。こうして、ただ我等のみが、利害得失の勘定にとらわれず
むしろ自由人たる信念をもって結果を恐れずに人を助ける。
・まとめて言えば、我等のポリス全体は、ギリシアが追うべき理想の顕現
であり、我等一人一人の市民は、人生の広い諸活動に通暁し、自由人の
品位を持し、己の知性の円熟を期することができると思う。
・そしてこれが単なるこの場の高言ではなく、事実を踏まえた真実である
証拠は、かくの如き人間の力によって、我らが築いたポリスの力が遺憾
なく示している。
・なぜならば、列強の中で、ただ我等のポリスのみが試練に直面して名声を
凌ぐ成果を勝ち得、ただ我等のポリスに対してのみは、敗退した敵すらも
畏怖の念を強くして恨みを残さず、従う属国も自分たちの盟主の愚を認め
非難をならさない。
・かくも偉大な証績をもって、我が国力を衆目を明らかにした我等は今日の
世界のみならず、遠き末世に至るまで、世人の賞嘆の的となるだろう。

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