MONIQUE(モニッキ)のお散歩日記

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zoom RSS 引用資料集 ヴァイスハウプト、イルミナティ結社の思想、そしてマルクス

<<   作成日時 : 2015/06/12 19:37   >>

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ヴァイスハウプトはドイツに住むユダヤ人であった。

アダム・ヴァイスハウプトは、次第に反イエズス会の思想に染まってゆき、反カトリックの熱心なオカルティストとなった。シンボルによる人間の意識への働きかけを考察し、オカルティックな古代の魔術的宗教性に凝った。その一つに数字的な拘りが認められ、例えば“666”数字を重視する。それは、宗教から政治への関心を強める道のりでもあった。

アダム・ヴァイスハウプトは、カントに反対し、ロックを信奉し、理性の支配と世界主義の立場を主張した。これを「リーズン」( reason )(ratio、 ラチオ、レイシオ)主義と云う。

⚫カント (ヘーゲル思想の系譜 ) ⇨ ヴァイスハウプトが反対したもの
形而上学・倫理学・美学、の「批判」の末に、カントが著したのが
『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』である。

『純粋理性批判』空間・時間の認識や感性・悟性・論理学といった形而上学の批判
『実践理性批判』道徳・倫理・義務といった倫理学の批判
『判断力批判』美的判断といった美学の批判

このように、カントの三批判書は、それぞれ形而上学・倫理学・美学という西洋哲学の伝統的テーマに対応している。


⚫ジョン・ロック (憲法の元になるもの) ⇨ ヴァイスハウプトが支持したもの
彼は、社会契約説によって、ロバート・フィルマーの家父長的な政治理論に基づく王権神授説を否定し、自然状態を「牧歌的・平和的状態」と捉えて、公権力に対して個人の優位を主張した。

自然状態下(State of Nature)において、人は全て公平に、生命(life)、健康(health)、自由(liberty)、財産(所有- Possessions)の諸権利を有する

誰もが自由であり、誰もが他の者の諸権利に関与する権限はない。

しかしそうなってしまうと、今度はこの自然状態が故に不都合が生じてしまう。たとえ犯罪が起きようと、誰もその犯罪者を逮捕、拘束できず、そして裁くこともできない。また、仮にある人間が判事を勤めても、近親者の犯した犯罪の場合、人間がいかに公正無私に判断を下せるか疑問を呈した。つまり、自然状態の不都合により、社会が混沌としてしまうとロックは考えたのである。

そのためにロックは我々自身をこの不都合な自然状態から守るために、政府が必要だと考えた。政府は諸国民の「承認」によって設立されるとした。

諸国民のこの三権を守るために存在し、この諸国民との契約によってのみ存在する。我々は我々の保有する各個の自然権を一部放棄することで、政府に社会の秩序を守るための力を与えたのである。言い換えれば、政府に我々の自然状態下における諸権利に対する介入を認めたのである。

政府が権力を行使するのは国民の信託 (trust) によるものであるとし、もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権をもって政府を変更することができると考えた[8]。抵抗権の考え方はのちにヴァージニア権利章典に受け継がれていく。

その他にも政教分離を説くなど、現実主義的な考えを展開している。ロックの権力分立論は、ハリントンの提唱した権力分立制を発展させたものであるが、社会契約論とも密接に結び付いている。国家は「始源的契約」(original compact)によって成立したものであるが、政府は、自然権を保障するため、人民の信託に基づき設立されたものであるから、社会契約には一定の「契約の条件」があり、自然権を保証するための手段として権力分立を採用しなければならないとしたのである。

ロックは、立法権と行政権の分離を説き、対内的な立法権を執行権、対外的な行政権を外交権(連合権)と呼んだが、ロックの権力分立論は各権が平等でなく、立法権を有する国会が最高権を有するものとされ、名誉革命に基づく現実的な立憲君主制を擁護するための理論であった。


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1773年
ヴァイスハウプトは、超エリートによる世界統一政府を構想し、暴力革命や陰謀、策略を巧妙に活用して現存する国家のすべての廃絶を主張し始めた。 急進的な社会改革思想を持ち、徹底した自由と平等を唱え、『反キリスト教、反王制を唱え、ユダヤ王を世界の中心とする原始共産主義的な共和制国家の樹立』を主張した。

同じ年、クレメンス15世によりイエズス会の解散命令が打ち出された。これにより、インゴルシュタッド大学内にイエズス会系と非イエズス会系学者の暗闘を引き起こした。アダム・ヴァイスハウプトは一時期、大学での講義を禁止され、ミュンヘンに逃げるまでになる。その後、秘密結社の創設を企図し始める。

この年、ドイツのフランクフルトで、初代ロスチャイルドら13名の国際ユダヤの巨頭が秘密重要会議を開き、「フリーメーソンに代わるより生硬な」ユダヤ・シオニズムによる世界征服と、その手段としての世界革命綱領と、それを実行するための地下組織イルミナティの創設を決定した。アダム・ヴァイスハウプトがイルミナティ責任者として選抜された。

1776年、メーデー。
改宗ユダヤ人にしてイエズス会士?にしてインゴシュタット大学法学部長アダム・ヴァイスハウプト(1748〜1811、当時26歳)が、ドイツのバヴァリアで、秘密組織イルミナティ(Illuminati)を創設した。イルミナティとは、「神や人間についての内的な啓示」という意味を持つ言葉として、古くから多くの宗派に用いられてきたものである。

◉アダム・ヴァイスハウプトは、《 かってイエス・キリストがユダヤ教を激しく論難した事跡と丁度逆の観点からキリスト教的知の体系に批判の刃を向け》 ユダヤ教義の知の体系を称揚し、更に古代ギリシャ哲学のプラトン、ピタゴラス哲学、エジプトの神秘主義的哲学、グノーシス派哲学等々を渉猟した成果を吸収し、新知の体系を打ち出した。驚くべき「知の熱」、「知の炎」の結実であった。こうして得られた世界観、社会観で武装する同志の糾合に向った。

イルミナティの目的は、知的能力を実証された人々が世界を治める「世界単一政府」を生み出し、連中によって世界を支配することにあった。イルミナティは、この運動に参画する同志の会であり、啓蒙、開化を意味するラテン語で、「“啓発された人々”あるいは“光を持す人”の結集による完全可能性主義者の会」という意味を込めて「バヴァリア啓明会」または「光明結社(Illuminatitenordem)」等とも称した。

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なぜ、この名前になったのか。なぜ、5月1日に発足したのか。
やはり底知れぬ、キリスト教徒のユダヤ人蔑視へのの怨みを感じる。
ロスチャイルドもロックフェラーも、ドイツでの暮らしは貧しく、
同じ屋根を共にして、狭き家に身を寄せ合って暮らしていたのだ。

綺麗事で階層社会を崩せないものにしているキリスト教にとって、
より原始的なユダヤ教は不都合な真実を含んでいたに違いなく、
また、階層社会・キリスト教の習慣に彼らを無理に当てはめようとするのも
無理だったのかもしれない。ユダヤ人にしてみれば自分達が本家だからだろう。
とにかく、悪魔に名を借りるというのは、復讐の感情でしかないと考える。

*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*

イルミナティの意味にある「光」は「ルシファー」を指しており、「ルシファー」とは聖書によれば「サタン」であり「悪魔の王」である。旧約聖書によればかつては光の天使として絶大な力を持っていたが、その力を過信して自らが神になろうとして地獄に落ちたとされる堕天使として描かれている。 ルシファーというのが、彼らの神である。ルシファーが堕天使(だてんし)である。悪魔や魔王の、サタンやデビルというのも頻出する。実は、結成の日、5月1日は、悪魔の王ルシファーが地獄から地上に戻ってきて、空の上に宿る日とされるベルテーン祝祭日である。

アダム・ヴァイスハウプトがイルミナティを創立したときに制定したシンボルマークが「ピラミッド・アイ」であった。アメリカの国璽のデザインにこれが使用されている。その時の、結成の演説(説教)の中で、イルミナティの組織結成の目標を次のように説いている。

・・「金」をすべての目処とする信仰により最大限の動機や行動力を促すのだ

「われわれイルミナティは、理性、すなわち、利益欲望の思想、金銭崇拝の精神を、われわれ人間にとっての唯一の法典(規則の体系)にするであろう。これこそが、これまで人間(人類)が解明できなかった最大の秘密なのだ。金銭崇拝(利益欲望の精神、すなわち理性)が、人間にとって信じるべき信仰、宗教となる時に、その時に、ついに、人類が2千年来抱えてきた最大かつ唯一の大問題が、解明され、解決されるのである。我々は、自分たちの団体の祭壇には、リーズン(金銭と強欲の信念)を神としてかかげる」。

そしてやはりそこには新約聖書によって虐げられてきた旧約聖書の喘ぎがあった。

「我々の秘密を見よ。キリスト教と全宗教を破壊する為に、我々こそ唯一真の宗教を保持していると宣伝してきた。目的は手段を正当化する事を忘れてはならない。悪人が悪を行う為に採用するあらゆる手段を、賢人は善を行う為に採用すべきである。それは秘密結社によってのみ実行可能である。秘密結社は、徐々に、ひそかに、各国の政府を掌握する。その為に、悪人が下劣な目的を達成する為に用いる手段を全て用いる。本指令の目的は、キリスト教を完全に破壊し、全ての市民政府を転覆する事である」

・・・・驚くなかれ、その理屈はこうだ。

「もし、私たちの神であるルシファーが、本当の神でないのならば、アドナイ(Adney ヤハウェ、キリスト教徒の神)とそれを崇める聖職者たちが、我らの神、ルシファーをこんなに誹謗中傷するだろうか」私たちの神であるルシファー Lucifer が本当の神である故に、キリスト教徒たちや司祭たちは、私たちの神ルシファーの悪口を言う、という裏意味になる。ここに、Masonic religion (マゾニック・レリジョン)、フリーメイソンの教団の教義(組織原理)が現れている。 イルミナティの最高幹部のひとりだった人物Albert Pike アルバート・パイクは、暴露本にこのように記している。イルミナティは次第にフリーメーソンと混交したと見られる。

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イルミナティは、ドイツバイエルン地方で誕生した。結成初期の団員は、いずれもヴァイスハウプトの弟子や友人たちであったが、その後、ヴァイスハウプトはフリー・メーソンのロッジに潜入し、最高位に昇りつめ、結社員にも秘密結社(フリー・メーソン)内に秘密結社(イルミナティ)を組織するよう指示を与えたとされている。

( これが史実とすると、イルミナティは、フリーメーソンリーの33階級の更に上部の司令塔ということになる。ネオ・シオニズム系組織としてフリーメーソンよりもより目的性の強いのがイルミナティであり、イルミナティ創設後はフリーメーソンの教義は色褪せ、ユダヤ的本質はイルミナティに純化された。イルミナティは完全な秘密組織で、一部フリーメーソンと重なりながら独自の歩みを見せていった ) 

1776年
かの「シオンの議定書」は、ロスチャイルドの依頼を受けて、ヴァイスハウプトがこの時、完成させたものであるという説がある。イルミナティが結成されたのが、同年5月1日であることからすれば、イルミナティを創設したヴァイスハウプトが「シオンの議定書」を書き上げ、イルミナティが「シオンの議定書」の指針を実行するために組織されたということが考えられる。

Wikiには次のように出ている。
『シオン賢者の議定書』(シオンけんじゃのぎていしょ、The Protocols of the Elders of Zion)は、「秘密権力の世界征服計画書」という触れ込みで広まった会話形式の文書。1890年代の終わりから1900年代の初めにかけてロシア語版が出て以降、『ユダヤ議定書』『シオンのプロトコール』『ユダヤの長老達のプロトコル』とも呼ばれるようになった。

ユダヤ人を貶めるために作られた本であると考えられ、ドイツのナチスに影響を与え、結果的にホロコーストを引き起こしたともいえることから「史上最悪の偽書」
「史上最低の偽造文書」とされることもある。
ロシア語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。
シオン賢者の議定書、英語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。

この文書は1897年8月29日から31日にかけてスイスのバーゼルで開かれた第一回シオニスト会議の席上で発表された「シオン二十四人の長老」による決議文であるという体裁をとっている。そして、1890年代末から1900年代初めにかけてロシア帝国内務省警察部警備局により捏造されたとする説が有力である。1920年にイギリスでロシア語版を英訳し出版したヴィクター・マーズデン(「モーニング・ポスト」紙ロシア担当記者)が急死したため(実は原因は伝染病)、そのエピソードがこの本に対する神秘性を加えている。

ロシア革命によって、日本を含め世界中にこの文書は広がった。一般人だけでなく、ヒトラーやヘンリー・フォードなどもこの文書を熱狂的に支持した。ロシアではソビエト時代になると発禁本とされた。

この文書は既に発行されていたモーリス・ジョリー著『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』(Maurice Joly, Dialogue aux enfers entre Machiavel et Montesquieu[3]、仏語、1864年)との表現上の類似性が指摘されている。

地獄対話はマキャベリの名を借りてナポレオン3世の非民主的政策と世界征服への欲望をあてこすったものである。シオン賢者の議定書は地獄対話の内容のマキャベリ(ナポレオン3世)の部分をユダヤ人に置き換え、大量の加筆を行ったものとされる。

しかし他にも、旧ロシア帝政の警察によるユダヤ人迫害を促すための偽書として1920年頃作成(捏造)されたとする説もあり、この年代はまた、イギリスのダヴィストック人間関係研究所が出来た年(1922年)とも被るので、今は、諸説のうちの一つとして捉えておく。
◼シオン議定書の内容、詳しくは。。。
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/432.html



ーーー

【ヴァイスハウプトとマルクスの関係】
1847年
「共産主義者の宣言」の起草をマルクスに依頼したバルーフ・レヴィは、マルクスに宛てた手紙の中で彼らの目的を次のように記している、とのことである。「バルーフ・レヴィがマルクスに宛てた手紙」について知識が無いので手紙の真偽に対して判断留保せざるを得ないが、由々しき内容になっている。

 「救世主とは、我々ユダヤ民族のことです。ユダヤの世界支配は、まず第一に、世界各地の多民族の統合を進めることにより、次いで、独立した主権に基づき民族分断の壁をなしている国家と君主制(天皇制、南ユダ王国イザヤの子孫を建てた国)を廃止することにより、そして最後に、未だ全面的には認められていないユダヤ人の権利を至るところで認める『世界共和国』の建設を進めることによって達成されます」。
 「この新しい人類の社会組織(コミューン)の中で、我々ユダヤ人はいかなる国家に属することもなくまた他の民族から何ら抵抗を受けることなくして指導的勢力となり、やがてその影響は全世界に及ぶことでしょう。そして、若し彼らの中の何人かの賢者が、これら労働大衆のうちに確固たる指導権をうちたてることに成功するなら、プロレタリア(無産者)の勝利によって次々に世界共和国の一部となっていく諸国家の支配権は、これらプロレタリアを指導する我々ユダヤ人の手に容易に収めることが出来ます。

 要するに、プロレタリアの勝利は私有財産の廃止をもたらし、こうして公有財産となった他民族のあらゆる私有財産は、公有財産を管理するユダヤ人の支配下に入るのです。かくしてわれわれユダヤ人のメシアが到来する時、ユダヤ人は全世界の民の財産をことごとくダビデの星の下につかさどるであろうと言い伝えられてきたタルムードの予言が実現されることでしょう」。

バルーフ・レヴィは、1819年に創立されたユダヤ人文化科学協会のメンバーであり、ロスチャイルド派の一員の可能性が強い。ユダヤ人文化科学協会は、1860年に創立される世界イスラル民族連盟(本拠はパリ)と姉妹関係のユダヤ人機関である。そのバルーフ・レヴィが、「共産主義者の宣言」の起草をマルクスに依頼した人物であるとされている。こうなると、明らかに「共産主義者の宣言」の裏にはネオ・シオニズムの陰が見て取ることができよう。



ヴァイスハウプトはフリー・メーソンのロッジに潜入し、最高位に昇りつめ、結社員にも秘密結社(フリー・メーソン)内に秘密結社(イルミナティ)を組織するよう指示を与えたとされている」。これが史実とすると、イルミナティは、フリーメーソンリーの33階級の更に上部の司令塔ということになる。

ネオ・シオニズム系組織としてフリーメーソンよりもより目的性の強いのがイルミナティであり、イルミナティ創設後はフリーメーソンの教義は色褪せ、ユダヤ的本質はイルミナティに純化された。イルミナティは完全な秘密組織で、一部フリーメーソンと重なりながら独自の歩みを見せていった。  

 1787年、ヴァイスハウプトは、「イルミナティ結社の原著作集」と題する著作を発表し、イルミナティ結社のねらいと目的を明らかにしている。 基本的に集産主義、社会主義、宗教の撲減、すべての政府の転覆、個人財産権の廃止を呼びかけていた。


 イルミナティは、クニッゲ男爵の加盟により組織を大きく拡大させた。このことが、領のヴァイスハウプトとクニッゲ男爵の深刻な内部抗争を発生させた。1874年、クニッゲ男爵は退団し、その後はあらゆる秘密結社を否定する論者となる。


 1778年頃に、多くの市民と下級貴族が大挙入団し、組織は巨大化した。バヴァリア・イルミナティは急速に膨張し、ヨーロッパに広がっていった。最も有名なのはバイエルンで1776年に設立されたイルミナティで、1784年にバイエルン政府がフリーメイソン、イルミナティを含む全ての秘密結社を禁止するまで続いた。沈滞状況にあったフリーメーソン団員の多くを獲得し、主として学者、弁護士、裁判官、学生、薬剤師、貴族らの知的エリートが参加した。

 1789年、フランス革命が勃発した。この時、フリーメーソン、イルミナティが暗躍した。結社が禁止された1785年から4年後のことである。

 稀代の魔術師カリオストロは、革命勃発時、ローマの天使城に監禁されていたが、異端審問法廷で、「国家転覆を企んだのは自分ではなく、ある秘密結社に命じられての行為だ」と弁明し、その結社はバヴァリア・イルミナティだと主張した。
カリオストロによれば、イルミナティはアムステルダムや、ロッテルダム、ロンドン、ジェノヴァなどの銀行の巨大な資産を用いて、専制国家体制の転覆を裏から着々とはかっているという。

フランス革命の随所にイルミナティの影がさしていたことだけは間違いない。フランス革命の推進者の多くはフリーメーソンだったが、彼らはヴァイスハウプトの影響を深く受けており、実際、ミラボー伯のように、イルミナティとフランス・フリーメーソンを結合させるべく動いた人物が、多数記録されている。

そのフランス大革命は最後にャコバン党を生み出し、フランス大革命後の血なまぐさい大混乱のさなか、彼らは多くの人々をギロチンに送り、やがて自分等も自滅してしまう。

 イルミナティの最盛期には各国に支部が置かれ、会員は学者、弁護士、裁判官、学生、薬剤師、貴族ら知的エリート等、2千人に及んだという。その中には、かのゲーテもいた。哲学者ヘルダーがいたし、ベートーベンの師クリスチャン・ネーフェもいた。楽聖モーツァルトもその一員だった可能性がきわめて高い。後の米国大統領トマス・ジェファーソンもいたといわれている。

 イルミナティは、クニッゲ男爵の加盟により組織を大きく拡大させた。このことが、領のヴァイスハウプトとクニッゲ男爵の深刻な内部抗争を発生させた。1874年、クニッゲ男爵は退団し、その後はあらゆる秘密結社を否定する論者となる。  

 当初は政治的な団体ではなく、伝統や因習に縛られないリベラルな知的交流を目的としていた。やがてその反体制性が警戒されて弾圧を受け、1785年、「政府の許可無く組織を作ることを禁止する」という禁令が下され結社が禁止された。

 更に、致命的なスキャンダル事件が起こる。国立アカデミーの教授でイルミナティ幹部だったヨーゼフ・ウイッツシュナイダーの密告により、イルミナティがオーストリアのヨーゼフ2世と結託し、ドイツを転覆させ、ドイツをオーストリア帝国の支配下に置く陰謀を企んでいる。そのために毒殺や短剣を用いた要人の暗殺を企んでいる、とする陰謀が暴露された。政府はイルミナティの調査を命令する。結果、反キリスト教的思想、反王制思想、革命思想が発覚した。同年、2回目のイルミナティを名指しで禁止する法令が出される。一連の指導者は逮捕され、政府高官は左遷、公職追放された。

 ヴァイスハウプトはレーゲンスブルクに亡命し、イルミナティの弁護の著書を次々に出したが、無駄であった。この頃、彼は私生児を設け、これを堕胎させた。これは結果的に赤ん坊殺しのスキャンダルに発展し、終いには「イルミナティでは赤子を生け贄にする黒ミサを行っている」というデマまで生まれた。

 さらに、イルミナティの元団員達が裏切り、曰く、イルミナティは毒殺と私刑に満ちた恐怖支配の黒魔術結社であり、テロによる政府転覆を狙う陰謀結社である云々と告発した。反フリーメーソン論者として知られたバリュエル神父やロビンソン教授らが、イルミナティを悪魔崇拝の政治的陰謀結社とする本やパンフを出版し告発した。政府も世論も完全にイルミナティの敵となった。主な団員は公職追放され、団員達も退会した。オーストリアとワイマールの支部は、その後も何とか存続しようとしたが、1786年、壊滅する。イルミナティの寿命は、わずか十年間であった。

 1829年、イルミナティの集会がニューヨークで開かれ、イルミナティの英国人メンバー・ライトが演説を行い、「イルミナティがあらゆる破壊分子組織とニヒリストおよび無神論者を総合し、共産主義として知られるひとつの国際組織とするつもりである」と公表した。この新たな企てのために基金を募る委員に指名された一人が、フランクリン・ D ・ルーズべルトの直系の先祖クリントン・ルーズべルトで、集められた基金の一部が、マルクスとエンゲルスの共産主義活動費用に提供された、との説がある。

 ヴァイスハウプトは、その後も、ほうぼうを亡命しなら著作活動続けたが、ドイツ中部のゴータ公領に逃げ込み、彼の支持者だったエルンスト公爵に庇護され、そこで余生を過ごした。1830年、彼は死去した。臨終の枕に集まった弟子たちに、イルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトはため息まじりにこう語っていた。
 「我々の理想を歪め、世間に悪評をばらまき、世のあらゆる陰謀をイルミナティになすりつけようとする黒魔術団がある。注意するのだ……闇のイルミナティに!」。


【「イルミナティ」のその後】
 ヴァイスハウプト死去後イルミナティは一人歩きし始めた。その後も、アメリカ独立戦争、第一次世界大戦、ロシア革命、スペイン内戦、第二次世界大戦と重要な転換点でフリーメーソン、イルミナティの影が見え隠れすることになる。

 「ヴァイスハウプトが死んだ後も、秘密の目標は生き続け、ロスチャイルドはイルミナティの支配者であり続けた(現在でも、ロスチャイルドは、デビッド・ロックフェラーと共にイルミナティを支配している)」。
 カリオストロ伯爵がローマで逮捕された。伯爵はこの時、イルミナティなる国際的巨大な陰謀結社があり、自分はその命令通り動いていただけだ、と弁明した。フランスの外交官ミラボー伯がドイツでスパイ活動を行っていたが、彼はここでイルミナティに入団しその人脈を政治的にも利用した。さらにフランスのフリーメーソンの実力者をイルミナティに入団させようとした。

 そして、ドイツで壊滅状態に陥ったイルミナティの難民としてヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデなる男が、フランスの私設外交官ミラボー伯の手引きでフランスに現れる。

※ ドイツのフリーメイソン系列・ストリクト・オブサーバンツ厳格戒律派だった。
ヴァイスハウプトと共にイルミナティの再編に参加したのが、
フォン・クニッゲ男爵とヨハン・クリストフ・ボーデです。
共に1764年に「厳しい戒律の儀礼」に属するフリーメーソンでありました。

ミラボーは、彼をフランスのメーソンの顧問的指導者にしようとする。当時フランスのフリーメーソンはオカルト色が強かった。ボーデはこれを排そうとする。しかし、カバラの替わりに政治思想を、ヘルメスの大作業のかわりに暴力革命を持ち込もうとする彼らの思想ははなはだ不評であった。

 また、この時期、イルミナティのもうひとつのグループが、フランクフルト大学のカール・リッター教授に、共産主義のアンチテーゼを執筆させ、リッターの仕事はニーチェに引き継がれ、ニーチェ哲学はファシズムに、そしてナチズムに進展し、世界大戦を生じされることに貢献したとされている。

 現在、イルミナティには少なくとも2つのグループが存在していると思われる。すなわち、ホワイト・イルミナティとブラック・イルミナティである。

【イルミナティ 悪魔の13血流―世界を収奪支配する巨大名家の素顔】
 フリッツ スプリングマイヤー( Fritz Springmeier)氏の著作「イルミナティ 悪魔の13血流―世界を収奪支配する巨大名家の素顔」( 太田 龍(翻訳)は、イルミナティ 悪魔の13血流としてアスター家、バンディ家、コリンズ家、デュポン家、フリーマン家、ケネディ家、李家、オナシス家、ロックフェラー家、ロスチャイルド家、ラッセル家、ファン・ダイン家、「聖なる」ダビデの血流を挙げている。周辺の二家としてレイノルズ家、クルップ家を挙げている。

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